活動
1997年カンボジア東北部の町クラッチェで産声を上げました。当初は孤児の支援をはじめ五人の孤児の親となり、翌98年孤児の数が20人となり四個所の在村孤児院をオープンしました。
在村孤児院とは、施設を作らず孤児のこどもが育った村で支援をするやり方で、孤児となったこどもの家族や親戚を探し、親代わりとなって育てていただく方法です。
孤児を施設に収容しますと、施設の管理目的のため、こどもの自主性が損なわれ、愛情不足になり勝ちです。また、田舎から突然町に連れてこられると、こどもはカルチャーショックを受け、心を閉ざしてしまいます。こどものよく知った村で愛情豊かな親戚や村の人々に育てられることを求めたやり方です。
98年から村のこどもたちの教育に関心を持ち、識字率向上のため識字ポスターを作り配布しながら、民話の紙芝居と、絵本の朗読を続け、腹話術でこどもたちとの接触をする。しかし、村には教育を受ける学校も無く、継続的な教育支援が出来ないでいた。心の中では寺子屋の開設を夢見ながら、98年10月法定伝染病のパラチフスを患い生死の境をさ迷う。一人NGOの限界を感じる。
98年12月 東京YMCAで開かれた「カンボジアのこどもたち」と題する写真展で集まった人々が中心になり、「カンボジアこどもの家支援の会ネットワーク」が動き始める。 99年6月44名で支援の会が正式スタートする。
現在の活動
1.孤児の里親支援 現在15名 の孤児を預かり、三個所の在村孤児院で孤児の世話をしています。できれば養子縁組をして本当の親子になりたいと願っています。現場で働いてくださる人が出来るまで、これ以上孤児の数を増やすのは難しそうです。
2. 寺子屋活動9月現在、三個所 200名の生徒の寺子屋を始めています。教科書の提供と先生の生活支援、教材の提供が主な仕事ですが時々教壇にも立ちます。99年10月から新たに二個所の寺子屋を始め生徒数300名となります。
3.村の産業復興支援 こどもたちの親の収入が低いため学校に来れないこどもが多いので、村の中に桑畑を作り養蚕を始めています。まだ始まったばかりで繭は出来ていませんが一年後には大量の絹糸が出来上がります。また、ワークショップでは15才以上の孤児を中心に織物作りに精出しています。今年中に製品作りを終え販売できるようにします。
4.教育支援 学校に行けないこどもの支援で、支援することによって学校に通える生徒を対象としています。日本の里親から一ヶ月千円の支援金を預かりこどもの支援に使用する。一ヶ月千円でこどもの生活費から学校の費用も賄えます。
5.技術教育支援直接収入に結びつく仕事を教え、生活の向上を図る。わたしは建築の専門家なので建築を教えています。今年の8月は日本から造園の専門家が来られ一ヶ月に渡り指導してもらいました。今年の12月には再び来られ半年ほど植林を中心に教えていただきます。これからも各方面の専門家を招きカンボジアの人々に指導していただくことを望んでいます。


