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3 children and a babyカンボジアの生活を都市部と農村部に分けて考える必要がある。人口の八割を占めるクメール人、そのほとんどが農村部に住み農業を営む農耕民族で例外なく熱心な仏教信者であり、現世よりも来世に希望をつないでいる。どんな小さな村に入ってもお寺がある。自分たちは粗末な草葺き家屋に住んでいてもお寺にはお金をかけて建てる。

都市部のこどもたちは

学校と塾の往復で遊ぶ時間も少なく過ごしている。日本とあまり変わらないようにも思 える。しかし、そんな姿をストリートチルドレンが路地裏から覗き見ている。スラムのこどもたちは学校へ行くこともなく物売り、物貰い、単純労働者として働いている。
撮影:浅井寿樹氏

農村部のこどもたちは

一日中自然を相手に走り回つている。どこの家庭も子沢山だが小さなこどもたちの育児は兄姉に任され、小さな体のこどもが、更に小さなこどもを腰に抱き上げ遊んでいる姿を見掛ける。学校がある村でも学校に行けるこどもは小さなこどもで少し大きくなれば大人と一緒に働いている。Wat Ounalom

都市部の生活は

地方から仕事を求め集まってきた難民であちらこちらにスラムができあがり新しくきた人たちが公園で寝泊まりしている。しかし、市場にはタイやベトナムから運び込まれた物資があふれ、町には高級外車が走り回り、昨年までなかった信号機が活躍している。政府役人や高級軍人は、高級料理店で食事をし、クラブで遊んでいる。夜になるとまるで旧約聖書に出てくるソドムとゴモラの街さながらに荒廃しきった欲望街に変身する。

農村部の生活は

Awat Relief大自然との戦いで2002年稲の中に米が実らず不作にないた農民に、今年も水害が襲い農民を苦しめる。2002年8月から徐々に増え続けたメコン川の水が、コンポンチャム県以北の流域を襲い稲の植え付けを終えていた土地は水浸しとなり稲が死んだ。内戦が終わり、やっと平和が訪れ落ち着いた生活が戻ってくるかと思われた農村に、自然の脅威は容赦なく襲いかかる。更にクラッチェ県プレイプラン村をマラリアが襲った。為すすべもなく体力の劣るこどもや老人の命を奪っていく。

しかし、村の人々は、朝太陽が昇るとともに起き、夕日が沈むとともに休む。生きるのも死ぬのも自然の摂理として、自然に逆らわず、自然に同化して、自然の恵みを豊かに受けている。自然は山に野原に木の実を生らせ、野草、薬草、を提供してくれる。更に川には魚が、山には動物が豊かに育っている。

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023カンボジア全人口の50%が15歳未満のこどもたちで若者の国である。しかし、この子供たちの健康を維持のための食料が充分になく、自然の食物、野生の果物、路端に自生している草、小動物ねずみ、カエル、ヘビ、小鳥、昆虫、クモ、

コオロギ、バッタ、タガメ、 ゲンゴロウ、魚介類エビ?カニ、タニシ、小魚に頼っている。田舎に住み子供たちの姿を見ていると朝から夕方まで走り回り遊んでいるように思えるが、その遊びは生活に密着した遊びで魚取り、虫取り、草取り、果物取りがその主な遊びになっている。

しかし、自然の食物はいつも充分取れるとは限らず、栄養問題に深刻な影を投げかている。5歳以下のこどもの50%が栄養不良で幼くして亡くなるこどもの後がたたない。また、衛生的な水を常時獲得できる状況にあるこどもたちは40%にも満たない。

水の確保も重要なこどもの仕事で、天秤棒の両端にバケツを吊るし、遠い池や川まで水汲みに行くこどもたちの姿を見掛ける。いちど伝染病がはやりだすと、たちどころにこどもたちは犠牲になる。伝染病の知識もない人々の健康を守ることの難しさを痛感する。

また、病気に罹るこどもたちの内、医療施設のあるところに住んでいるこどもたちは40%にも満たない。医療を受けるチャンスに恵まれた地域のこどもでも医療費が払えないため医者にかかることのできない。充分な医療を受けられるこどもは更に低く20%以下だ。体力のないこどもはその幼いいのちを落とす。

こどもの健康を考えると

Girl holding baby1.衛生的な水の確保 : 多くの伝染病は共同使用の水から起こると思われる。

2.食糧の確保 : ユニセフのこども白書によると、 五歳以下のこどもの50%は栄養不良

3.児童労働のストップ : 非衛生なしごとや重労働、長時間労働は文句の言えないこどもの仕事になっている。

4.医療施設の充実 : 病気の時医療を受けられるこどもは全体の20%にも満たない。

5.衛生についての教育 : 不衛生な生活環境と、衛生についての知識低さが病気の予防を妨げている。

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カンボジアの田舎では、こどもたちにとっての環境は決してよくない、イヤ....最悪だろうと思る。今年は、地雷を126個撤去しました。

風呂も無く、トイレも無い、充分な寝具も無く、何日もきたままの服を着て寝る。服のあるこどもはまだいいほうで、服の無いこどもははだかのままで寝る。こどもたちの手足を見ると、蚊に刺され、虫に食われ、いくつもの痣ができている。マラリアの発生する雨季にも蚊帳もなくマラリア患う。

まして自分の部屋などあろうはずも無く、兄弟家族がなん列もの川の字になり雑魚寝する。キャンプや夏季学校ならいざ知らず、これが毎日の普通の生活なのである。Thatched House家は野小屋よりも粗末で屋根は水草で葺いてあり、壁はバナナの葉っぱを縫いあわせてできている。雨が降れば外と変わらないほど降ってくる。風が吹けば家の中に容赦無く吹き込む。家具など何も無い、まして台所も無い。石を積み上げその上に鍋を置き薪をくべる。これは特別な家ではなく普通の田舎の家なのである

風呂は近くの川で浴びる、雨季の泥水のような水でも汗をかき気持ち悪いので水に入る。年頃の女性は人のいない時間を見計らい腰巻きのような布を胸までたくし上げ体を洗う。毎年大雨が降り川の流れが速くなると、水に流され命を失うこどももいる。

Boys with cowトイレは近くの木陰がその場所となる。しかし、大便となると水が必要となり、水のある川や池がその場所となる。ある日、私は木の枝に捕まりながら川の中ほどまで行き大便をしようとしたが、流れが速く木に捕まっているのがやっとで、ズボンを脱ぐこともできず必死の思いで帰ってきた。またある日、お腹を下し下痢気味だったので急いで森に入ったが先客がいて引き返してきた、でも、下痢で急を要するため別の木陰に入ったが、

撮影:浅井寿樹氏

人声が聞こえたので出てきた。時、すでに遅く、ズボンの中は悪臭と気持ち悪さに悲しい思いをした。またまたある時、池で大きな用を足している時、出て行ったはずのウンチが体にまとわりついて離れて行かない、泳いで逃げようとしたがどこまでもついてくる、何とか逃げようと水に潜つた時、後ろにいたはずの憎き物体はわたしの前に回り込み顔をなぜて行った。憎さと臭さで潜水を続け顔を洗いながら水から顔を出すと、遠くでせせら笑うようにプカプカと浮いているこのようにトイレの無い生活ははなはだ大変なのである。

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お布団の無い、枕の無いところで寝るのも大変なことである。村人の家で泊めてもらう時、暑くても我慢して上下の服を着て寝る。最初は良いが次第に汗が噴き出し体がかゆくなり我慢できなくなる。服を脱いでパンツ一枚で寝れば気持ち良いのだがそれもできない。朝、人一倍早く起きれればよいが村人の早起きには勝てない。朝日に照らされた寝相の悪さを思うと服を脱げない。

田舎の家はたった一間の家で雑魚寝しかないからである。それに、服を脱げばこの時とばかり蚊に襲われる。蚊帳を持って旅をしたことがあるが、泊まった家に上げてしまうため幾らあっても足りない。

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今、海外支援で建てられた学校や公立学校に問題が山積みです。できあがった建物に教師をむかい入れる。(公務員規定、初任給70,000〜100,000リェル、20〜25ドル。)

生徒200名の学校なら単純計算で一クラス40名、5人の教師で可能だろう。

ところがふたを開けてみると、とんでもない問題が発生する。雇われたはずの先生が来ない、出席する先生の数は平均して一日2名、その他の先生はアルバイトに精を出す。

給料だけでは食べて行けないからです。

生徒たちは先生の来ないむなしい登校に嫌気がさし、登校しなくなる。

また、貧困家庭でも登校しなくなる。先生たちのアルバイトは家庭塾が多く、大切な勉強を学校では教えず家庭塾で教える。

塾に通えない子供は勉強が後れ理解できなくなる。家庭塾の相場は、一日300〜500リェル。一ヶ月9.000〜15.000リェル。

貧困家庭ではとても負担できない。兄弟の多い家庭では、一年目は学校に行けても二年目は辞めざるを得ない。

また、ユニセフから無料配布で作られたはずの教科書が有料で売られて。

いる。ほとんどのこどもは教科書も買えない。

以下はある学校の実数です。

一年生250名、二年生150名、三年生50名、四年生0名。

小さなこどもは家の仕事も充分できないので学校へ行かされるが、体が大きくなり仕事が手伝えるようになると金のかかる学校は辞めさせられる。それに、先生の質も悪く高学年を教えられない。

Teacher at blackboard現在八つの村に、八校の寺子屋をつくりました。先生20名、生徒は1200名になりました。この子供達が全員3年生になることができるといいのですが。

ほとんどのこどもは教育を受けられる環境にいない。

今、就学適齢時児童を持つお父さんお母さんは学校に行くチャンスを失ってしまい学校に行っていない。1970年ロンノル将軍によって始まった内戦は全国規模に及び、学校教育がストップしてしまった。当時5歳以下だったこどもが今のこどものお父さんお母さんであるため、こどもたちに学校教育が大切だと思っていない。

また、田舎では行きたくても学校が無い。たとえ学校があったとしても先生がいない。先生は、田舎の学校を嫌い出勤しない。高等教育を受けた先生は民間NGO団体か高級公務員を目指す。通常教師の十倍以上の収入が見込める。学校のある地域でも貧困家庭は学校に行けない。こどもは家族の働き手であり、働けない小さなこどもはお母さんに代わって妹弟の面倒を見る。

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こどもの人権を無視した人身売買が今でも盛んに行われている。カンボジアの雑誌、新聞には毎日のように人身売買被害者のニュースが流れている。でも、田舎の人々は文字が読めず、雑誌や新聞を買うお金も無い。こどもが被害に遭っている実態を知らない。

カンボジア一の人気雑誌「プロチャプルイ」(素敵な人)からの抜粋。

「プノンペンの川岸を親子と思しき女の子と中年女性が歩いている。こどもは泣きながら歩いている。よく見るとおばさんはこどもを蹴りつけ殴っている。こどもは大声を上げると叩かれるためか? すすり泣くように泣いている。まだ12才にも成っていないだろう。向こう側には交番があり表には警官がいるが気に留める風もない。不審に思って通り掛かりの人が声をかけると、中年女性は驚いたように通りかかったバイクタクシーに飛び乗り逃げてImage: Phnom Penh City行った。残されたこどもに事情を聞いてみても、泣きじゃくってなかなか話してくれない。警察に通報して落ち着いたところではなしを聞いてみると、とんでもない事実が判明した。

(お母さんが病気でわたしが代わりに線香とろうそくをプノンペン寺の下で売っていると親切そうに声をかけるおばさんがきた。おばさんはわたしに一日いくらになるの、と、聞いたので答えた。おばさんはもっとお金になる仕事があるがしないか? と、尋ねてきた。わたしはお母さんを助けたかったので、たくさんお金が入るならしたい、と答えた。)

この後、こどもは置き屋に連れて行かれ、たった十万リェル(三千円)で売られてしまった。女の子は何も知らない、と、安心した置き屋の人は、女の子を店の前で待たせていると、向かい側でジュースを売っているおばさんが話しかけた。

(どこからきたの? この店が何をする店か知っているの? )何も知らない女の子は今までのいきさつを話した。ジュースやのおばさんは不憫に思い、置き屋がどんな所か話した。更に親切なジュース屋のおばさんは小銭を女の子にあげた。女の子は恐くなりバイクタクシーでプノンペン寺に帰ってきたところ、再びブローカーの中年女性に捕まり置き屋に連れ戻されるところを不審に思った通り掛かりの人に助けられたことになる。

無知なこどもや田舎の人々にとって、ことば巧みに言い寄ってくるブローカーは鬼のような存在である。今年も農民にとってつらい年になりそうだ、例年よりメコン川の水かさが上がり水が溢れ洪水を引き起こしている。コンポンチャム周辺から北にかけての地域は水害のため稲が全滅している。農民は農地を捨て町に出稼ぎに来ているが仕事はない。見る影も無くやつれ、疲れ、行き場を失った家族連れの農民グループが何組も、プノンペンの公園で野宿をしている。人買いブローカーの活躍をうながしている。

030カンボジアの人身売買相場、

若くてかわいい女の子 200〜300ドル(2〜3万円)

普通の女の子 100〜200ドル(1〜2万円) 男の子 50ドル(5千円)

99年カンボジアで活躍する NGOがまとめた「NGO声明」抜粋。

エイズ(HIV/AIDS)の流行は、カンボジア社会に社会経済的な影響を与えており、平均的なカンボジア人にとって家族が病気になったように感じられ始めている。今日カンボジア人15万人に一人、あるいは15〜49歳の2.8%が陽性である。1998年死亡した6.689人はエイズによる合併症と考えられている。

カンボジアで購読部数の一番多い雑誌で発表された数字は更に驚くべきものだ。

「カンボジア北部の町、バンテェイミェンチャイ県の町で保健所が売春婦300名を検査したところ実に58%200人近くがエイズに感染していた。」と、発表した。

カンボジア人売春婦はほとんど教育を受けたことも無く文字が読めないため、エイズについても、また避妊や感染症の知識も無い、。また、客の多くは兵隊で、兵隊はいつ死ぬか分からないひとときを売春婦と過ごすためコンドームを装着しない。置き屋の主人は、客が喜ぶように、コンドーム装着を客が嫌えば、女の子にもコンドームを着けさせない。カンボジア人売春婦のエイズの広がりは、このような環境の悪さと、人権無視が引き起こしている。

人身売買で売られてきた女の子は、一定期間(約一週間500ドルで処女が売られている。)特定の男性のおもちゃにされた後、置き屋に流れてくる。置き屋では消耗品の如く、朝早くから客を取らせ、日中も店に立たせ夜中の泊り客が無ければ寝ることも許されない。次第に体が弱り感染症にかかるこどもが多い。病気になっても医者にもかけてもらえず、捨てられ、ただ死を待つばかりとなる。置き屋としては、高くつく医療費を払って弱った子の面倒を見るより、新しい元気な子を買ってきたほうが儲かるからだろう。この、地獄のような世界から抜け出せる幸運な女性は少なく、多くは二十歳を迎える前に死んで行く。Image: Girl holding baby

売られてくるこどものほとんどは貧困が原因で、家族の誰かが重い病気になったり、米の不作で借金の身代わりとして売られてくる。女の子は売春婦に、男の子は奴隷のような重労働と不道徳なセックス奴隷にされる。海外に売られるこどもも多く、二度と帰ってくることはない。

何とも言いようの無い思いに満たされるが、貧困を無くし、文盲を無くさない限り、人身売買は続きエイズ被害者はますます増えて行くことだろうとおもわれる。