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日記

2007年 10月 25日

国際支援活動の現場に立って・・・
NGOの活動している現状・・・。

現地で活動している職員の人達や、ボランティア活動をしている人達は真剣に取り組み支援活動を続けておられます。ひとりひとりの活動は素晴らしいです。

私自身とても必要な活動であると感じています。
ただ・・・その活動が現地の人々に受け入れられているのか ? 疑問が残ります。
一部の有力者に届くだけで、本当に支援を必要としている人達に届いているのか ? 疑問です。

1995年〜1996年まで一年半に渡ってカンボジアで行われた識字教育
『寺子屋プロジェクト』水上生活者や僻地での識字教育を中心に行っていましたが1997年、活動地を調査して廻りましたが ? 教室の跡はありましたが、今では識字教育が行われていませんでした。

国連ボランティアの人が引き上げた後・・・
引き続いての識字教育は根を張るまでには至りませんでした。

これは世界中いたるところで同じことが繰り返されています。
支援者の都合で活動が始まり・・・支援団体の都合で活動を止めています。
支援を受けている人達の想いや願いは、無視されているようにさえ見えます。

お金で始めた援助活動は・・・お金が途絶えた時点で消えて行きます・・・
混乱だけを残して・・・。でも、支援しなければ良い、とも言い切れません。

私は村人達の願いを聞きながら村人達が立ち上がり自分達ではじめた活動を脇から支えるように、目立たないように心掛けています。
 支援活動は、あたかも『歌舞伎の黒子』のような存在です。観客は黒子を見ていません。演技をしている演技者に注意が集中しています。黒子が居ることは分かっていても・・・黒子が賞賛されたり拍手を受けたりする事はありません。

多くのNGOは、ドナー(公的資金や団体支援金)を受けています・・・。
継続して活動を続けていくには・・・
「支援を必要としている人達」 より 「支援金を出すドナーに向いています」
 日本のNGOが行なっている海外の援助活動は1年〜3年間で終わりとなります。新しい活動をしなければドナーからの支援金を受け取ることが出来ません。
その為 3年間を期限とする援助活動が広く行われています。

名古屋で行われた万博・・・多くのNGOが活動発表していました。
その中の幾つかをお知らせいたします。
カンボジアで行われた?『医療支援』?『貧困からの脱却援助』?『教育支援』

?医者や病院の無い、首都プノンペン周辺の村・・・

 代表のお医者さんはプロジェクターを映写しながら詳しく説明していました。
 今年も医師と看護婦合計5人の日本人が5日間に渡って多くの村を廻り治療活動をして歩きました。ある村では300人の人々を診察し治療をしました。  

 この村では200人、あの村では100人、幾つかの村を廻りながらの活動報告、笑顔で話を進めておられる姿に観客は笑顔で答え、講演が終わると大きな拍手をしています。
  一見素晴らしい援助活動のように見えますが・・・
 
問題点・・・

  1. 日本の治療薬を持って治療しています、熱のある人には『熱冷シート』

傷のある人には『消毒液と抗生物質の軟膏』腹痛の人には『痛み止め』
の対症療法だけで病気を治す薬は提供していません。
   短い時間で、多くの人たちの治療に当たるためなぜ熱が出ているのか ?
     なぜ腹痛が起こっているのか、病気の原因を調べる時間はありません。

       西洋薬は現地で手に入りません。医療支援隊の都合で行動しております。
   村人達が病気になって治療をしていただきたくとも、その時には医療支援 
  はありません・・・。

村の人たちが、海外支援に頼らなくとも、村で解決の出来る治療が必要です。村人達と一緒に生活し、村に有る薬草などを調べ、村人達で出来る支援が求められています。

※ 貧困からの脱却援助・・・
   
   首都プノンペンから一時間半ほど離れた貧しい人々が住んでいる村・・・
   日本のNGO代表が活動報告をしていました。

   パワーポイントを使いながらの援助活動には、日本の青年達20人
村人達20人達と共に村はずれの池に入り池を掃除している姿が映し出されています。笑顔と歓声が響き渡り、双方とも喜んでいる姿が、観客の笑顔となっています。・・・。一見大成功の様に見えますが・・・。

問題点・・・
   
   日本のNGOと現地の村長、村役などが話し合い養殖池の支援が決まり村の池を綺麗にし、養殖援助が決められました。

   私は話を聴きながら何とも云えない虚しさと悲しみを味わっていました。
   
   この村には自然池があることで、貧しい村人のタンパク源・・・
(田螺・エビ・小魚・虫・カエル・蛇)などが大量に居ます。これらが村人達の健康を守っていました。
 
   でも・・・養殖事業が始まりますと・・・村人達は池に近寄ることも、池の魚を取る事も出来ません。養殖池に近寄れば泥棒として扱われます。貧しい人たちの蛋白源がなくなりました・・・。

   池からの収穫は、村長や有力者達の利権となり、貧しい村人達にまで廻りません。
   
日本のNGOの人たちは・・・貧しい村人たちの蛋白源を取り上げてしまった事に気が付いているのだろうか ? ? ?

※「教育支援活動」・・・

   東京のある女子大の生徒がカンボジアのプノンペンに観光旅行目的で旅をしました。その時耳にした言葉に衝撃を受けました・・・。
まだまだ幼い女の子が娼婦として売春を強要させられている。事実か ?どうか ? 調べている内に8歳〜12歳の女の子が売春をさせられている現実に驚き ! 日本に帰ると、友人達を誘いどうしたら良いか話し合い、貧しさの中で、人身売買が行われていることに気が付き、貧しさからの脱却が絶対必要だとの結論に達しました。
そこで長期に渡って活動を続けて行ける様NPO法人を設立しカンボジアの支援活動を始めました。

   首都プノンペンに塾を開き「日本語・英語・コンピューター」の技術を教えている活動が紹介されました。日本の若い女性達が活動している姿に万博に来た人達は拍手を送り・・・講演者も観客も笑顔です。

※ 問題点・・・

   今、カンボジアの首都プノンペンでは世界中から多くの援助活動団体が入り『ボランティア銀座』と、呼ばれています。世界中から支援の人々が集まり、援助活動が行われています。日本から派遣されているNGOは比較的安全と思われている6都市しか活動地として認めていません。
現地での悪口は『ドライブイン・ボランティア』とまで言われています。車で行ける所や人々の目に留まる地域で活動しています。
   援助が偏り・・・田舎と都会の格差が益々広がっています。カンボジア全土の70%は未だに初等教育の場である小学校すらありません。
『都会・田舎』の格差が広がり一部の裕福な人たちが生まれ始めています。

カンボジアのこれからを考える上に・・・本当に必要な支援活動は何か ? 真剣に考える必要があります。

 『カンボジアこどもの家』
 代 表 栗本 英世


2006年 09月 18日

カンボジアこどもの家・・・支援の皆様
大変ご心配をおかけしました。

病気は徐々に回復し通常の生活が出来るまでになりました。
ただ・・・油断をしていますと転移することも考えられますので定期的な検査と薬を欠かすことは出来ません。

先日は10日間に渡ってタイ・カンボジアに帰ることも出来ました。
これからはゆっくりした歩みの中でカンボジア支援を継続していきます。

スタディーツァーは一ヶ月一回の割合で私自身も添乗員としてツァーに同行し一緒に話し合えれば幸いです。

また、皆様の居られるところで平和、カンボジアの現状やボランティアについて話を聞きたいと願っておられる方々が居られましたらお知らせください。講師謝礼や交通費、宿泊費の事は心配しないでください。・・・無料でもお伺いいたします。

海外で行われている支援活動やボランティアについてお話できればこんなに嬉しいことはありません・・・。日本における私のボランティア活動です。

『カンボジアこどもの家』 (MR・オカ) 栗本 英世


2006年 04月 18日

カンボジアこどもの家関係者の皆様

 今年、1月はじめより、カンボジアこどもの家代表 栗本英世が体調を崩し、日本で長期療養を行う事になりました。栗本の講演活動、スタディーツアーの収入が、現地のカウンターパートナーであるLONG率いるカンボジアのローカルNGO C.C.HOME(スタッフ11名)の活動資金となり、1998年より現在に至るまで、教員の給料サポート、孤児支援、井戸掘り支援、学校建設を通じてこどもたちの就学支援を行ってきました。

 現在、C.C.HOMEが支援している小学校は19校。(2月末現在 小学校18校【6校に幼稚園併設】 中学校1校 教員105名 生徒数4295名。)支援している孤児は20名。105名の先生のお給料だけで毎月約40万円、孤児の支援、その他スタディーツアーの受け入れなどを含め毎月60万円ほど固定費がかかります。以前であれば、毎月の活動費はC.C.HOMEが受け入れるスタディーツアーで約20万円、栗本の講演活動で約20万円、支援者の方々の寄付金約20万円でまかなわれてきました。しかしながら、栗本が長期療養生活に入り、C.C.HOMEの活動も非常に困難な状況になっています。

 この状況をどのように乗り切るのか、C.C.HOMEの代表であるLONGが3月1日から14日まで来日し、協議を行いました。現在、C.C.HOMEには約4300名のこどもたちの未来がかかっています。活動費がないからといって活動をストップする訳にはいきません。この困難な状況の中でLONGの提案を受けて「教員に毎月支払われる金額を2〜3割り減らし、活動を続けて行く」という方針に落ちつきました。しかし、それでもまだ困難な状況にはかわりありません。

 また、この状況は栗本、LONGだけでは乗り切ることができず、皆さんの協力が非常に重要となってきます。スタディーツアーへの呼びかけ、本の紹介、どのような形でも結構です。今よりも少しお手伝いしていただければ、私たちの活動は非常に助かります。何かお手伝いしていただけることがありましたらご連絡いただきたいと思います。

 また、栗本の療養中、中井、永田が日本の皆さんとカンボジアのこどもたちとのつなぎ役を行うことになりました。現在、活動が困難な状況にありますが、今後ともご協力、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

2006年4月18日
カンボジアこどもの家 代表  栗本 英世

C. C. HOME 代表 LONG CHAMROUN


2005年 12月 23日

CCHOMEを訪れてくださった皆さんへ

皆さんお久しぶりです。お元気ですか?

日本は先日、大寒波が訪れたとの話でしたが、皆さんの地域では雪がふりましたか?こちら、カンボジアは今年は異常気象で、乾季は通年よりも暑く、雨季の時期になっても雨が降らずで、農家は大打撃をうけました。現在は、日本と同じようにこちらも寒く、毎日フリースを着るという生活です。

ポイペトの様子も日々変化しており、今ではカジノを訪れる観光客が週末には5千人もの人が訪れるようになりました。しかしながら、ポイペトでは観光客を狙ったカメラや財布などの盗難や強引な客引き、高額な料金などさまざまなトラブルが多発しています。そこで、観光客が安全に移動できるように、州庁は委員会を設置、観光客の輸送を行う協会、企業は委員会に届出を行わなければいけなくなりました。観光客が増え、物価もどんどんあがりポイペトの町に住んでいた人が生活しづらくなり、移動を始めています。国境沿いには新しい村もでき始めています。

CCHOMEは大忙しで、新学期を迎え、校舎建築、新キャンプ場建築、と働いています。子供たちも元気に学校に通っています。スレリアップは幼稚園、ヘインは小学校1年生、マイ、ボーは6年、リーは5年、アキは4年生となりました。勉強嫌いのうちの子供たちがここまで進級できるとはおもいませんでした。(笑)

さてさて、CCHOMEからクリスマスのお知らせがあります。

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11月から今月にかけ、CCHOMEでテディーベアを作成してみました。カンボジアシルクで作られたものと、コットンで作られたものと2種類あります。このテディーベアは同じポイペトで活動しているローカルNGOCambodian Children and Handicap Development Organization(CCHDO)との共同でつくりました。手作りで大量生産ができないため、100体しか作れていませんが、もし皆さんのお力で

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少し販売していただければ大変助かります。テディーベアの価格は シルク2800円 コットン 1800円(写真添付しています)

Bears2429

もちろん、このテディーベアの売上金はCCHOME、CCHDOの活動資金となります。もし、お手伝いいただけるようでしたら、一度ご連絡ください。

それでは Merry Christmas & A Happy New Year

中井


2005年 05月 08日

募金箱が完成しました !

家庭に、職場に、行きつけの店に、施設に、友人宅に、その他色々な場所に設置してください。

集められた支援金はカンボジアのこども達が学校に行く費用に使われます。

100円で・・・ひとりのこどもが・・・一ヶ月学校に通えます。

カンボジアは・・・今、世界でもっとも識字率(国語の読み書きが出来る人)が低い国です。


Donation Box

1970年から1999年まで30年近く続いた内戦で教育基盤をほとんど失ってしまいました。

特に1975年から続いたポルポト政権下ではほとんどの学校が廃校となり教師のうち80%が追放殺害ました。1993年国連の支援でカンボジアは平和を取り戻したかに見えましたが・・・・・・地方では戦闘が続いており本当に弾の音がしなくなったのは1999年3月に入ってからでした。その間学校教育が復興したのは都市部のみで田舎までには復旧していません。

今でもカンボジアの就学率、識字率は30%程度です。

『カンボジアこどもの家』ではそんな教育の届いていないカンボジアの田舎に入り込み識字教育、初等教育を続けています。現在18の村に小学校18校、中学校1校、幼稚園6校、6,000人の生徒を130名の教師とスタッフとともに教育支援続けています。

それでも未だ・・・100以上の村から学校開設の要請が届いています。

ひとりでも多くのこども達に学校教育を受けるチャンスを提供したいと願っています。

100円でひとりの子が学校に行けます。

継続支援を続けていくために・・・特定非営利活動法人NGOモニティを設立しました。

法人設立によってお預かりした支援金の流れを明確にし全額がこども達に届くことを願っています。

モニティ・・・カンボジア語、タイ語で基金を意味します。

こどもたちが教育を受ける基金となる事を願っています。

特定非営利活動法人NGOモニティの支援メニューが出来ました。

NGO モニティ支援メニュー (MSワード 68 KB)

ファイルでお送りいたします。

〒522-0064 滋賀県彦根市本町1丁目5番25号

特定非営利活動法人NGOモニティ 『カンボジアこどもの家』

代 表  栗本 英世  TEL&FAX 0749-27-1325 携帯電話 080-3110-7745


2005年 06月 12日

特定非営利活動法人NGOモニティ 総会 案内

謹啓・・・

時下ますますご清栄の事とお喜び 申し上げます。特定非営利活動法人NGOモニティ設立につきましては多大なお力をいただき心から感謝いたしております。

さて、この度特定非営利活動法人NGOモニティの総会を開催いたしたくご案内申し上げます。

本格的実働に向け皆様方のご意見を賜り話し合いの時を持ちたいと願っております。ご多端のこととは存じますが、万障お繰り合わせの上ご出席くださいますようご案内申し上げます。

関西地区総会 7月10日 尼崎市立小田公民館  午後2:00 - 4:00

関東地区総会 7月 2日 かながわ県民サポートセンタ 午後6:30 - 8:30

                  平成17年 6月 10日

                 特定非営利活動法人NGOモニティ

                  代  表    新谷  義明
                  事務局長    松川  朝洋
                  監  事    佐藤  登久代
                  書  記    栗本  英世
                  理  事    ロイ  秀代

特定非営利活動法人NGOモニティ 総会

関西地区 総会会場 尼崎市立小田公民館 7月10日 午後 2:00 - 4:00

Map 01

JR尼崎駅徒歩5分

改札口を出ると大阪方面向かって左に進みHOP INN

ホテルの前を右に進むと左側に小田公民館が見えてきます。

尼崎市潮江1-11-1-101

TEL : 06-6495-3181

関東地区  総会会場 かながわ県民センター 7月2日 午後 6:30 - 8:30

所在地  〒221-0835神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2

かながわ県民センター    TEL 045-312-1121代表

Map 02

Map 03

特定非営利活動法人NGOモニティ総会案内 (MSワード 92 KB)


2005年 04月 27日

変わらない支援・・・心から感謝いたします。

現在カンボジアの村に小学校18校、中学校1校、幼稚園6校と広がり

Monitor Meeting

6,000人の生徒に130人の教師とスタッフで活動を続けております。

来年度には10,000名の生徒が予想され尚一層の支援が必要とされます。

ひとりでの活動に限界を感じ日本の多くの人々の参加を求め

「特定非営利活動法人NGOモニティ」を創設いたしました。

尚一層の支援をお願いいたします。

モニティお礼状 (MSワード52 KB)

『カンボジアこどもの家』栗本 英世


平成17年3月17日                    

特定非営利活動法人NGOモニティ

代表 栗本 英世
ご案内

『特定非営利活動法人NGOモニティ設立記念講演&コンサート』

 拝啓 早春の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
 平素は『カンボジアこどもの家』のご理解並びにご支援いただき、心からお礼申し上げます。
お蔭様で1996年から活動をはじめまして多少なりとも地元の要望に答えることが出来るようになりました。しかしながら農村部におきましては、まだまだ政情・生活とも流動的で安心、安定の日々を迎えるには支援を求めながら日を重ね、復興の道を模索している状態です。今日までの私の活動を通して、現地に来られ、見て、聞いて体験された方々や、日本での講演活動を通して多くの方々から「私たちも参加したい、何をすればよいのか?」と質問の声をいただきました。
 同じカンボジアに関わり、復興支援をしている人々がいます。またアジア各地には同じように現地に入り活動している組織があります。皆様の「何かお手伝いがしたい ! 」というその熱心な声にお答えし、活動組織のパイプ役になり、皆様の声をお届けしたいと願いまして、このたび、特定非営利活動法人NGOモニティを設立いたしました。
 つきましては、今日までの皆様のご芳情に感謝し、なお一層のご指導ご鞭撻を賜りたく、また新たな特定非営利活動法人NGOモニティ創立記念といたしまして「講演会&コンサート」を催したいと存じます。

 ご多忙中恐縮ではございますが、なにとぞご来光賜りますようご案内申し上げます。

1.日時  平成17年4月10日 11:00ー13:00

2.会場  ビバシティー2階ホール(JR南彦根駅東口 南へ徒歩1分)

3.参加費  無 料

4.スケジュール  11:00  開催の挨拶と役員紹介
                 講演会(栗本 英世)
                 モニティ設立趣旨と今後の活動報告

          12:00  記念コンサート 近江の自然が生んだ葦笛演奏とフルート、ピアノ演奏
                 立食パーティー

5.お問い合わせ先  特定非営利活動法人 NGO モニティ
           TEL/FAX  0749(27)1325 携帯電話090-9286-3961
                            担当:栗本

※ 立食パーティーはご厚志にて運営いたしたいと考えておりますのでよろしくお願いいたします。以 上

特定非営利活動法人 NPO モニティの構想


2005年 02月 01日
水問題

昨年から土地を求め、たくさんの人々が集まってきたバンスナオ。一時期1000世帯と言われていたこの村を新年早々訪れたところ、現在は400世帯に減ってしまったとのこと。

村人の話によると、水が確保できないこの村での生活は厳しく、村を去っていく者が多く、世帯が減った。とのことであった。この村に元からある井戸はいずれも底をついており、ほとんど水が井戸から得られないうえに、近くに池もない。村人たちは自転車やバイク、トラクターで出かけ、3キロ先の池から水を運んでくるのだが、そうもいかない人たちもいる。

私を村長の家に案内してくれた少女は、両親がタイに出稼ぎに出かけており、祖母と二人でこの村に住んでいる。小さな少女と老婆では水を運んでくるのはむずかしく、 給水車が運んでくる水を買うしかない。しかしながら、給水車が運んでくるこの水は1瓶50〜60バーツ (ポイペットでは20バーツ)である。

値段が高いうえに、ある村人が「売ってくれないときもある」ともつぶやいていた。現在、CCHOMEで1基の井戸を掘っているのだが、村長宅で、「400世帯の村人たちの水を1基の井戸で賄えない。井戸をもう1基掘ってくれないか?」と打ち明けられた。

『カンボジアこどもの家』 栗本 英世

お金持ちが貧しい人々を支援することは難しいことです。 貧しい人々の中から立ち上がる人々を支援するのがベストのように思います。

お金、知識、能力をたくさん持っている人々はいつのまにか奢り人々を見下していま す。

お金のある人々は貧しい人々を汚いものを見るように蔑みます。

知識のある人々は知識の無い人々を見下げ、馬鹿にします。

能力の低いと思える人々の話に耳を傾けず彼らの活動を認めようとはしません。

私たち支援をする人は心して、驕らないように、威張らないように、人々に仕えてい かなければなりません。

今彼らと一緒に座り、彼らの荷物をともに持ち、彼らの苦しみに心を痛め、 一緒に喜べる人が必要です。

教える人でも、指導する人でもありません。まして、馬鹿にしたり叱りつけたりする 人は来てほしくありません。

へりくだることは難しいことです。まして貧しい人々や知識の無い人々の前で、自分 より低いと思える人々の前で、へりくだることはもっと難しいことです。

知識や物、お金の豊かな人が貧しい人たちと一緒に居るだけで、貧しい人々の自尊心 を傷つけています。威張らないように、高飛車に言わないように一生懸命心がけては じめて活動の支援を得られます。

貧しい人々の問題を安易にお金で解決してはいけない。お金で解決すれば彼らは自分 たちで解決できない方法だから。

最高に良いと思えます方法は『友』となることです。相手の人を尊敬してはじめてで きる人間関係です。 

栗本 英世


2005年・・・新年おめでとうございま

2004年・・・世界は波乱の中で年が過ぎて行きました。

日本では・・・多くの人たちが・・・このままではダメだ・・・。

と、感じた年ではないでしょうか ? 

日本が大きく変わろうとしているように思えます。

新潟震災、23号台風、年末のインド洋沖の大津波・・・異常現象・・・。

多くの人たちが心を痛め、自分に出来る事が有るならお手伝いしたい、と、願っているのではないでしょうか? 嬉しい傾向です。

自分の幸せだけではなく、他の人たちの幸福をも願う人達が増えてきています。

でも・・・人々が心を寄せるのは・・・マスコミ情報の入った地域の人たちの事です。

カンボジアのポイペットに住む人たちの事は忘れ去られています。

昨年はじめにはヨーロッパのNGO団体が離れていきました。年末にはポイペットの地で長く活躍していましたZOA(井戸、道路支援)も・・・ポイペットの支援は終わったと言ってポイペットから離れていきました。多くの支援団体が・・・現状を無視して・・・自分たちの都合で動いています。

でも・・・昨年夏ごろから生活難民があふれ1,000所帯5.000〜7.000の人たちが地雷原に入り込み、新鮮な飲み水も無く危険を承知でその日その日を生きていくのに精一杯の生活余儀無くされています。

皆さんの身近なところにも人々の目を引くことなく苦しみながら生活している人たちがいると思います・・・。

ボランティア・・・遠くの人たちの支援も大切ですが・・・その人しか知ることの出来ない身近な人たちのことに心を寄せることが出来れば、と、心から思います。

ひとりでの活動は弱いです。でも、ひとりが始めなければ・・・何も動きません・・・。

今年は・・・積極的に自分から率先して動けるようにしていきたいと願っています。

『カンボジアこどもの家』 栗本 英世


2004年09月17日 カンボジアニュース・・・。

タイとの国境を接する村ポイペットで大規模工業団地が整地、道路作りを始めた。

数年前から土地の取引をめぐってきな臭いニュースが飛び交い村人達の追い出しや土地買収が盛んに行われている。2000年当時20*20m 1,000円程度だった土地が今で100.000円・・・。

追い出された土地の人たちは再び難民となり人の住まない奥地へと入って行く・・・。でも、そこには地雷が眠っており再び活発な活動を始めた。地雷原であることを知りながら・・・それでも生きるために地雷原に入り込み尊い命を失っていく。

同じ地雷問題で苦しんでいたカンボジアの人々のため一生懸命地雷撤去をしたが地雷被害は無くならなかった。地雷から人々を守るのは・・・。地雷撤去をするよりも地雷教育をするほうが効果的であることが分かってきた。

今現在16の村に『寺子屋』を開設し地雷教育を続けてきたが『寺子屋』のある村では、ここ2年間地雷事故が一軒も発生していない。新しく出来た地雷原のバンスナオット村に今年の10月から『寺子屋』開設予定を立てている。

『カンボジアこどもの家』栗本英世


2004年09月01日

移動図書活動

あまり知られていないのだが、識字率向上の活動の一環に図書活動がある。

先日、プノンペンに出た際に、当団体での今後の活動の参考のため、村の子供たちに折り紙やぬり絵を教えたり、絵本の読み聞かせを行っている団体の活動を見学させてもらうことになった。

私が訪れたこの日、天候があまりよくなかったにもかかわらず、集まった子供たちは16名もいた。その中で、一人の5歳くらいのこどもが全く笑わず、どちらかというと、眉間にしわを寄せているかのようで、座っていた。体調が悪いのだろうか?と思い少女の様子を見ていると訳がわかった。この少女は耳が聞こえないのである。スタッフの方に、この少女がどうして耳が聞こえないのか、少女の家族はどうなのか?たずねると、耳が聞こえないことで、お父さんが特に少女をかわいがっているのだが、時々、周りの子供たちからのけものにされたり、いじめられたりすることがある。さらに、話をしてくれたスタッフの友人にも耳の聞こえない人がおり、カンボジアではこのような人は少なくない。と話してくれた。

私は、この話を聞いてかなりのショックを受けた。というのも、私がポイペットに来て1年半、一度も耳の聞こえないカンボジア人に会ったことがないのだ。おそらく、耳の聞こえない子供たちは学校に来ても授業を理解することが難しいので、学校にこれないのであろう。しかしながら、このような子供たちがコミュニケーションをとる際に一番必要になってくるのが文字になるのではないだろうか?ただ単に子供たちの識字率、想像力の為だけでなく、読み書きを一番必要とする子供たちの勉強できる場が移動図書活動の中で行うことができればとも思い、この10月から始まる移動図書活動準備を現在進めている。

余談になるが、この耳の聞こえない少女を、この村で一番本を読める男の子がいつも面倒をみており、この移動図書がくるたびに、彼女を連れてやってくるとのことであった。

カンボジアこどもの家
中井真理子


2004年1月18日

カンボジアの不思議・・・

カンボジアは昨年の7月に総選挙が行われましたが・・・
7ヶ月過ぎた今でも・・・未だ・・・国のリーダー首相が任命されていない・・・。議会は開かれているのだろうか?、国の業務に差し支えないのだろうか?もしかしたら・・・無政府状態・・・???

ポイペットの日常・・・

1、孤児の支援

数日前お母さんの病気がひどく生活の困窮が激しい家族から生活支援の申し込みがあった直ぐに家庭状況を見に行きますと母親は衰弱が激しく起き上がることも出来ず横になっていた。この家には4人の子供とおじいちゃん、おばあちゃんが一緒に生活をしている。子供たちの父親は3年前からほとんど近寄らなくなっている。でも・・・生活が苦しいからと言って『カンボジアこどもの家』では経済的な支援を始めることが出来ない、 そんなことをすればポイペットの住民全員の生活支援をしなければならなくなってしまう・・・。 

どこの家庭も似たり寄ったりで苦しい生活を送っている。家族の中に病人が出ればタチマチ生活困窮に陥りどうすることも出来ない。この家庭には15才の男の子(体格が小さく10才程度にしか成長していない)13歳の女の子、8歳の男の子、5歳の女の子と続いている。こども達が売られていかなければ良いが・・・と、心配しながらも何も出来ない。

数日後お母さんが亡くなった・・・お葬式を済ませた後孤児となったこども達の生活安定のため 『カンボジアこどもの家』で支援を始める。とうしょは現金支援を続けていきますが1〜2ヶ月後から小さなお店を開店して、その売上金で生活できるように指導していきます。その販売商品は『カンボジアこどもの家』に来られる日本からのスタディーツァーの人たちに持ってきていただいた品物・・・。

2、ただ・・・『死』を待つ14歳の女の子・・・。

6ヵ月前から具合が悪くなり寝込んでしまった。家族の必死の思いでシムリアップの子供病院に入院したが1ヶ月のの入院生活の後病院から追い出されてしまった。病院側の話では「この子はもう助からないので引き取ってください」との事・・・。病気の説明も何も無い。暗いヤルセナイ気持ちで170キロの悪路を帰ってきた子は日に日に痩せ衰え「死」に向かって歩き続けている。

どうしても納得が出来ない!なぜ病院は死を迎える時まで必死で助けようとしないのか?無料診療を続けている子供病院は助からないと分かっている子供に薬を出すのが惜しいのか?施設や職員の手を煩わすのが嫌なのか?

この事を『寺子屋』の校長先生から聞いた私は『カンボジアこどもの家』で何が出来るか?真剣に考え病気の子供の家を訪ねた。見たところ死を迎えるほどひどい病気にも見えない。下半身が浮腫み指で押すと凹んでしまい戻ってこない、食欲が無くほとんど食べていない、このままほって置くと確実に死を迎えてしまう。お母さんとこどもに「もう一度知り合いの病院で検査してみませんか?」と話しかけると「この子を助けて!」と真剣な声が返ってきた。

直ぐその日のうちに170キロの道のりをゆっくりゆっくり疲れないようにシムリアップまで自分で運転して出かけた。途中何度も休憩を繰り返し6時間後に病院へたどり着く。病院の救急治療室に入れられ直ぐに酸素吸入器を当て治療を開始する。脈拍が以上に高く不整脈、聴診器を胸に当てるとザーザーと雑音が聞こえる。点滴をはじめ採血検査、入院となる。一安心。数日間入院をしながら様子を見ることとなった。当座の生活費と連絡場所をお母さんに知らせ帰宅する。

3、『寺子屋』に捨て子・・・。

オーニエン小学校の校門に2ヶ月になる赤ちゃんが捨てられていた。「寺子屋」に捨てれば育ててくれるとの噂が広がっているのか?先日も生後1ヶ月の赤ちゃんが同じ学校の同じところに捨てられていた。捨てていった親は分からない。朝方の4時頃捨てて行ったようだ。

『カンボジアこどもの家』では孤児のお世話をさせていただいている。でも・・・生後2ヶ月の乳飲み子を預かるのは難しい。乳の出るお母さんにお世話をしてもらいたいと思い乳母を捜すが直ぐには見つからない。

先日捨てられていた生後1ヶ月の赤ちゃんのお世話をしてくださる人に困り、村人の乳飲み子を抱えるお母さんにお世話をお願いした人が・・・大失敗をしてしまった。赤ちゃんを預けた後数日後赤ちゃんの様子を見るため預かっていただいている家に尋ねていったが・・・「町の人でこどもを欲しがっている人がいたので渡しました。」との事。

私の身体から血の気が失せ冷たくなっていくのが分かる。ボーゼンとしてしまい何も考えられない。町の人身売買業者に赤ちゃんを引き渡してしまったようだ・・・。今度は同じ失敗をしたくない。でも直ぐにはどうすることも出来ず困っていた。そんな時「家でしばらく預かります」と、オーニエン小学校の先生が声をかけていただいた。藁にもすがる気持ちで先生宅に預かっていただくことにする。この先生の家庭にも4人の子供がおり小さな赤ちゃんもいる。

『カンボジアこどもの家』栗本 英世


2003年1月29日

『カンボジアこどもの家』活動地ポイペットでの一週間・・・。 事件? 三日前、タイとカンボジアの国境の橋の上で衰弱している十歳の男の子を病院に担ぎ 込みました。極度の栄養失調で骨と皮だけになり、起き上がることもできません。そ れでも物乞いをしています。見るに見かねて病院に連れて行き、一週間ビタミンと栄 養剤の点滴を繰り返し、何とか起き上がれるまでに体力が回復しましが・・・

喜んでいたのもつかの間、元気になった子供をおばさんが連れ出し再び橋の上で物乞 いをさせています。 「ガリガリに痩せ今にも死にそうな状態の方が多くの人々の同情を買いお金が入るよ うです。」 おばさんの話では、物乞いをさせているこどもは親戚の孤児で生後七ヶ月の時から面 倒を見ているそうです。このおばさんには同い年の子供が三人いますがいずれも血色 が良く健康です。孤児の子ひとりが一人働かされています。 「この子の稼ぎは普通の大人の稼ぎの三日〜五日分です。」

でも・・・命と引き換えの物乞いです・・・。 病院の医者は直ぐ手当てをしなければ命が無いと言っていたのに・・・・・。

この子を引き取るためにポイペットの事務所から車を呼んでいる間、通り過ぎる人々 を見ていますと多くの外国人がこの子の傍を通り過ぎます。でも、だれも目を停める 人はいません、路傍の石を見るように無感動に通り過ぎる人や、汚いものでも見るよ うに眉を寄せて通り過ぎる人もいます。一人の子の命が失われようとしているのに誰 も無関心です。 この子のコップの中にお金を投げ込むのはその日のお金にも困っているカンボジアの 人々だけです。

でも、この子を何とか助けられるようにがんばります。そのため一日余分に仕事をす るようになっても、睡眠時間が減っても助けることができれば・・・。

事件⒉ 衰弱しきった物乞いのこどもを病院に見舞っている時、となりのベットに入院してき たベトナム人の女の子13才、簡易宿の従業員から連絡があり病院に担ぎ込まれてき ました。簡易宿に泊まった日から3日間意識が無いとの事です。

この子は、病院関係者の手当てによってようやく気を取り戻しましたが泣いてばかり います。事情を聞いてみると大変な目にあっていたことが判明しました。

「簡易宿に泊まった後眠くなりうつらうつらしていると鍵をかけたはずのドアが開い ており知らない男の人が部屋に入っていました。そして再び記憶がなく無くなって行 き気を取り戻した時には別の男の人がいました。」

薬を飲まされ数人の男にレイプされていたようです。 彼女はお母さんと一緒にタケオから出稼ぎに来てポイペットで服の行商をして 歩いていたようです。 事件の時(3日間)お母さんはどこにいたんだろうか ? 簡易宿もグルでは ? との疑問が膨らんできました。

でも、病院はお金のない人を見る余裕はない、病院の人から直ぐ出て行くように言わ れている。そんな状況に立ち会い、泣き続けている子に何とか元気になってもらいた いと願い病院と母親の了解を得て『ポイペットこどもの家』に連れてきました。でも ご飯を食べようとせず泣き続けています。もう三日間も何も食べていないのに・・ ・。

女の子に何をしたいのか? どうすれば良いのか聞いてみると・・・

「タケオの家に帰りたい!」

と、だけ繰り返す。母親に聞いてみると帰りたいが帰るお金が無い、との事。 何とか元気になるまでここに居るように伝えたが泣き続けている。

「ここに居て元気になれば学校も行けるし、食事の心配も無く、住む家もある。お母 さんがここの手伝いをして働けば収入もありお金の心配も無い。」

と、伝え説得するが聞く耳を持っていない。 仕方なく二人分の旅費を提供し、何かあれば連絡するようにと、私の名刺を渡し長距 離バス乗り場まで送っていった。 ポイペットからタケオまでは600キロ近くあり一日では着かない。この子はこれから どんな道を歩むのだろうか、心配になるがどうしょうも無い。娼婦にだけはしたくな いが・・・と、願いつつ送り出す。

その後、私はプノンペンに用事で出ることになりプノンペンの事務所に着くと待ち合 わせたように電話がなった、少女の母親からだった。相談したいことがあるのでお会 いしたいとの事だった。 もしかしたら、ベトナム人の少女は元気になり学校に行きたいと思っているのではな いか? それなら嬉しいが? 娼婦にならなくても済むかもしれない!  と願い、母親と少女に会ったが・・・。

母親は 「実は、私たちはベトナムから来ている。この子がベトナムに帰りたいと言うのでベ トナムに帰してあげたい。ついてはベトナムまで帰る費用を貸してくれないか? 」 との事。

この時、ハッキリと確信しました。 少女は事件にあったのではなく母親に売られたのだ ! と。

これはポイペットでのたった一週間の事件です。カンボジアに住む、直ぐ私の身近で 起きた事件です。 この二つの事件は共に被害者はこどもで、加害者はこどもの一番身近な人です。 私が必死に二人の救済を願っても、近親者の反対にあってはどうすることもできませ ん。

貧しさと教育の低さは無抵抗なこどもを犠牲にします。 こどもの人権と生活を守るために識字率を高め誰もが基礎教育を受けられるようにし ていきたいと願い『寺子屋』活動をつづけています。

でも、寺子屋に来れる子供は売られていかない子供たちです。寺子屋にも来れない子 供たちが売られていきます。 『カンボジアこどもの家』では現在15村15校の寺子屋4,000人を越えるこどもたちが 勉強に来ています。ひとりでも多くのこどもを守りたいと願い始めました活動ですが 無力さを痛感しています。 これからも一人でも多くのこどもたちに教育が受けられるようがんばっていきたいと 願っています。                            

『カンボジアこどもの家』 栗本 英世 支援について・・・


お金持ちが貧しい人々を支援することは難しいことです。 貧しい人々の中から立ち上がる人々を支援するのがベストのように思います。

お金、知識、能力をたくさん持っている人々はいつのまにか奢り人々を見下していま す。

お金のある人々は貧しい人々を汚いものを見るように蔑みます。

知識のある人々は知識の無い人々を見下げ、馬鹿にします。

能力の低いと思える人々の話に耳を傾けず彼らの活動を認めようとはしません。

私たち支援をする人は心して、驕らないように、威張らないように、人々に仕えてい かなければなりません。

今彼らと一緒に座り、彼らの荷物をともに持ち、彼らの苦しみに心を痛め、 一緒に喜べる人が必要です。

教える人でも、指導する人でもありません。まして、馬鹿にしたり叱りつけたりする 人は来てほしくありません。

へりくだることは難しいことです。まして貧しい人々や知識の無い人々の前で、自分 より低いと思える人々の前で、へりくだることはもっと難しいことです。

知識や物、お金の豊かな人が貧しい人たちと一緒に居るだけで、貧しい人々の自尊心 を傷つけています。威張らないように、高飛車に言わないように一生懸命心がけては じめて活動の支援を得られます。

貧しい人々の問題を安易にお金で解決してはいけない。お金で解決すれば彼らは自分 たちで解決できない方法だから。

最高に良いと思えます方法は『友』となることです。相手の人を尊敬してはじめてで きる人間関係です。