2000/11 月号
かわら版 サバーイ?
ポイペット より
報告者、皆元 聡
地図
INDEX

1、それぞれの新学期

10月になり、『カンボジアこどもの家』(以下cchome)が支援する寺子屋も、新学期を迎えました。どこの寺子屋をのぞいても、真っ白な服を着た新入生たちを目にすることができます。また、9月まで学校の外で授業をのぞいていた、予備軍たちの姿もちらほら見えます。新学期を迎えたそれぞれの学校の様子をリポートします。

(日)オルセイ小学校(生徒数:521人)

オルセイ小学校まで、あと500メートルといったところで寺子屋のこどもたちの声が聞こえてくる。それだけ生徒の数がバクハツしているのである。寺子屋が子供達で溢れ、ごった返している。しかも、この学校のこどもの元気の良さといったら筋金入りだ。先生たちは、いつもたくさんの生徒に囲まれ、あたふたしている。

休み時間、先生たちはそんな喧噪から逃れるようにして、寺子屋のまわりにある駄菓子屋に休みにゆく。

どこの寺子屋のまわりにも、菓子パン、スナック菓子、果物、筆記用具などを売る屋台がある。オルセイの場合は、駄菓子屋のほかにちょっとした揚げ物が食べられる屋台、野菜や卵を売る屋台、そして時々、アイスクリーム屋やかき氷屋さんが寺小屋の前に来たりと、とてもにぎやかだ。

僕もオルセイの寺子屋に行くと必ず、駄菓子屋の前の椅子に腰掛ける。駄菓子屋のおばさんはいつも「ヨウコさん(今中さん)は、クメール語上手にしゃべれるのにあんたはいつになったら、しゃべれるようになるんだい。」ときつい一発をあびせてくるが、僕の良きクメール語の先生だ。また、駄菓子屋のおばさんの話を聞けば、この村の情報(村の人口、村の人々の生活、水、食べ物、仕事の状況)がわかる。

オルセーの駄菓子屋のおばさんは、プレイベンで生まれ、その後、プノンペン−タケオ−バッティミエンチャイ(ポイペットのある州)そしてポイペットと、カンボジアの激動の時代を転々としてきた。ポイペットから遠く離れたふるさとのこと、そしてふるさとプレイベンから現在までの時を少しわらって「遠い、遠い。永い、永い」とふりかえる。

現在、おばさんには3人の子供がいる。その1番下のぽっちゃり太った男の子を、ゆりかごしながら、寝かしつけているおばさんの姿から、おばさんの今確実にある、新しい温かい幸せを感じる。

夕方になると、仕事を終えたこども達のお父さんやお母さんが屋台の前の椅子に腰掛け、クラスの方に目をやりながら、1日の疲れをいやしている。寺子屋がこどもたちだけではなく、大人たちの憩いの場にもなっている。

(月)オルセイクラオム小学校(生徒数:194人)

10月から新しくオープンした寺子屋だ。まだ机と椅子がないので、下に藁を敷いて勉強している。こどもたちは、飛び込んできた修学のチャンスをしっかり握り、かみしめているようだ。おしゃべりせず、先生の言ったことを自分に言い聞かせるように、つぶやき、授業に集中している。

この寺子屋には3人の先生がいる。cchomeのスタッフ、ニムさんとペアさんの二人と今回、10月から隣のツールボンローの寺子屋から移ってきたクォム先生だ。

小さな子供が好きというクォム先生の授業は、テンポよく、リズミカルにすすむ。でも決して、生徒をおいていかない、生徒がわかったのを確認して前にすすむ。

クォム先生は足が悪い。毎日3キロメートル離れた自宅からの自転車での通勤は、相当きついはずだ。道はぬかるんでいて自転車から降りて、押していかなければ行けない場所もある。

でも先生は自分の足の悪いことをネタにして「私は足が悪いのにサトシさんよりはやく歩ける。」と言って、僕を追い抜いて軽快に歩いていく。おどけた感じで、とぼけた歌を歌いながら。

クォム先生は5人家族、息子たちは、現在もツールボンローの寺子屋にかよっている。今回、オルセイクラオムに土地を分けてもらえるメドが立って新天地での移動を決めた。土地をもらったら、家を建てて、オルセイクラオムでの新しい生活をスタートさせるつもりだ。

1991年、バッタンボンから仕事と土地を求め、ポイペットにやってきた。今、その2つを手に入れ(正確には手に入れようとしている)、先生の授業にも力が入る。

(火)サンテピエップ(生徒数243人)多くの寺子屋が、村の入り口や、大きな通り沿いに建てられているのに対して、サンテピエップの寺子屋は、村のど真ん中に家々に囲まれるようにして建っている。そのせいもあって、昼間でも村の人々が寺子屋のまわりで世間話に花を咲かせている。現在、cchomeのスタッフのスベットさんが先生の修行中だ。

(水)ツールボンロー小学校(生徒数:182人)

キャンプ場から最も近い寺子屋。ここの3年生とオルセー小学校の2・3年生がキャンプ場に絵を描きに来る。ここの子供達は20代の若い先生によって、のびのびと成長しているようだ。勉強するときは真剣に、遊ぶときは大いにはしゃぎ、飛び跳ねている。

学校の裏に植えられた桑の木も、子供達と同じように、お天道様に向かって、まっすぐ伸びている。

(木)ツールプラサット小学校(生徒数:231人)サンテピエップからツールプラサットまでの3キロメートルの1本道は日本の田舎道を思わせる。道の両脇にはバナナ畑があり、そして菜の花のような黄色い花が咲き乱れている。

寺子屋はその1本道沿いにある。寺子屋の前に1本の大きな木がある。その大きな木の木陰で村人が3,4人、涼んでいる。

寺子屋の中をのぞいてみると、まだ1歳か2歳くらいの小さな男の子を抱きながら勉強をしている女の子がいる。子守をしながら勉強しているのだ。小さな男の子は、お姉さんと一緒に授業が受けられて満足そうだ。

ほかの寺子屋でも、子守をしながら授業を受けている子供が目に付く。本人は弟や妹が泣き出したりするのを、なだめ、なだめ、授業に集中できず大変そうだが、それは寺子屋独自の温かい光景の1つだ。「がんばれ!!!。」と心の中でつぶやいてみる。

(金)プレイコップ小学校(生徒数:296人)ツールプラサットからさらに2キロメートル行くとプレイコップ村が見えてくる。この村は歴史ある村で、昔の地図にも載っているという。道沿いでは、野菜や果物、肉類、魚類などを売る店が並んでいる。村全体が落ち着いている。

プレイコップの寺子屋は、トタン屋根のせいか、見た目こざっぱりした印象を受ける。大きな木の下で子供達がゴム飛びをしている。バレーボールのコートで大きな声で叫びながら、汗をはじかせている。

現在、1年生・3クラス、2年生・1クラス、3年生・1クラス、4年生・1クラスと全部で6クラスあるが、教室が2つしかないので、7:00〜10:15、10:20〜13:20、13:30〜17:00と3部制で授業をしている。

以上、cchomeが支援するオルセイ、オルセイクラオム、サンテピエップ、ツールプラサット、プレイコップ、ツールボンロー、6校の生徒の総数は1667名になりました。これからも各校の様子をリポートしていきたいと思います。

2、寺子屋の子供達 (今中さんの報告)

(日)アエク マライ  10歳 オルセイ小学校 3年生

今年の4月にオルセイ村に移ってきて、お母さん、お姉さん一人、妹2人の5人で生活しています。8年前にお父さんが亡くなってからは、お母さんが1人で働いて4人の娘さんを育ててきたそうです。お姉さんも今ではお母さんと一緒にタイ・アランヤプラテートの市場でお菓子を売ったりして家計を支えています。

マライは5歳の時にポリオにかかり今でも左足を引きずって歩いています。でも家から学校までの遠い道のりをそしてお絵かき教室に来るために学校よりもさらに遠い私たちの家までの道のりを、長い時間をかけてゆっくりと歩いてきてくれます。

歌や踊りが好きで、毎週土曜日、学校での歌の時間には、前にでて楽しそうに歌って踊っています。私が子供の頃もピンクレディーの歌を振り付けをつけて歌っていましたが、(年がバレてしまう・・・)それと同じですね。普段はどちらかというとクールな印象を受けるマライですが、このときばかりは、歌手になりきってキラキラしています。

授業を見に行くと、ススッと教室から出てきて「こっち、こっち」と私を呼びに来てくれます。話を聞くと、「お姉ちゃんに絵本を見せてあげたいんだけどいい?」「今日。お母さんが仕事休みで家にいるから遊びに来てくれる?」と、さりげなく家族思いのところを見せてくれます。女性だけの家族で色々苦労もあると思いますが、みんなとてもおだやかで、温かい家族に囲まれているマライです。

3,キャンプ場お絵かき教室 (黒須さんの報告)

・コンクリートブロックで机と椅子を作り、庭で描きました。カンボジアはお盆で、家族と共に過ごすことが多いとのことで、実際は10名前後が訪れました。花や洗濯物のかかった私たちの家が描かれました。

・10月4日、再びにぎやかな時間が訪れることとなりました。庭で作っている学校の机を借りて行いました。4人は色鉛筆を持ち、道へと出ていきました。机に座り、絵を描いている自分自身の様子も絵となりました。絵を描く間にも次々と机が並べられていきました。

・赤、青、黄、緑、茶、黒、系の6グループにわかれ、時間と共に色を交代して行いました。グループごと、次に欲する色はおよそ決まっていました。

・折り鶴を作り、描きました。ゆっくりと、周囲と確かめ合いながら、30分後、完成。

できばえは様々ですが、個々に愛着があったようです。40の別の世界ができた日です。とにかく目の前の鶴に集中し、静まりかえっています。構図の似た絵はありませんでした。、花模様がつけられ、群をなして空を飛び、滝の中には魚の群もいました。十五夜の空に浮かぶ折り鶴がいました。折り鶴と鳥の、半々のもの、本物の鳥やフェニックスも多く見ることができました。折り鶴は難しいからと、鳥を描いたものもありました。ここは鳥が少なく、空を見ても鳥を見ることはごくまれです。そのためか、以前描かれた鳥は、山なりの2つの線によるものばかりでした。

・2人1組でお互いを描きました。折り鶴の時とは対照的な雰囲気の中、行われました。とても10歳前後には見えない顔が数多く見られました。

・花、村、山と太陽、絵本の写しが描かれますが、テレビの影響も見られます。テレビで見たと言い、火を吐くお化け、タイとカンボジア国旗と手をつなぐ人々、戦争、またビデオ屋の様子を描いてます。

他にも、侍、バイク、サイドカー、給水車、車、自転車、ショベルカー、歩きながらアイスを売る屋台、井戸、くわ、トラックを押す様子、病院、飛行機代、ランプ、海、魚、つり、ギター、教会などを描きます。

山の間から顔を出す、朝の眠そうな顔をした太陽(私が見るとですが)花と雨、月の神様や、東海道五十三次を思わせる絵もありました。

おわりに

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